メッセージバックナンバー

2011/11/20  「涙と共に種を播くものは歡喜とともに穫らん」[1] 
――収穫感謝の福音―― 詩編126:1-6

:1 【都に上る歌。】主がシオンの捕われ人を連れ帰られると聞いて/わたしたちは夢を見ている人のようになった。:2 そのときには、わたしたちの口に笑いが/舌に喜びの歌が満ちるであろう。そのときには、国々も言うであろう/「主はこの人々に、大きな業を成し遂げられた」と。:3 主よ、わたしたちのために/大きな業を成し遂げてください。わたしたちは喜び祝うでしょう。:4 主よ、ネゲブに川の流れを導くかのように/わたしたちの捕われ人を連れ帰ってください。:5 涙と共に種を蒔く人は/喜びの歌と共に刈り入れる。:6 種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる。


イントロ

 先月は岡田家の希望君、先週は吉良家の永姫がそれぞれマイコプラズマ肺炎を発症しましたが、かねてから軽度の気管支肺炎で東大病院に入院中の天皇陛下も、昨日の報道によりますと、原因が細菌の一種であるマイコプラズマによる肺炎にかかられた模様です。インターネット上ではいち早く速報が飛び交っていました。

ところで、先週の金曜日以来、天皇陛下の健康状態に関する報道に付随して、「新嘗祭」という言葉が頻繁に登場するようになりました。宮内庁の発表です。曰く「天皇陛下は23日に行われる『新嘗祭』を欠席されることを正式に決定した。」
私たちにとりましては「勤労感謝の日[2]」である11月23日は、皇室にとって最も重要な年に1度の宮中祭祀「新嘗祭」です。内容は、天皇が五穀の新穀を天神地祇に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝するといういわゆる収穫祭ですが、その起源は古く、飛鳥時代の皇極天皇の時代に始められたと言われています。その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、大事な祭祀となったのでしょう。流通の発達した現代日本では、不作であれば外国から食糧を輸入すれば済みますが[3]、古代では不作が飢饉、飢餓と直結していました。
ちなみに、宮内庁の発表では「天皇陛下が新嘗祭に『欠席』」となっていましたが、天皇は新嘗祭の司です。出席欠席云々という受動的お話しではなく、天皇御自らが大祭司として祭祀を主宰するのです。祭の大祭司である天皇は、新嘗祭で収穫を感謝して五穀豊穣を祈り、23日から24日の未明にかけて長時間、正座を続けられるのですが、その祭儀は開始から終了まで4時間はくだりません。ですから、この宮中祭祀が、ご高齢且つ病身の明仁天皇には体力的に極めて過酷であるのは言を俟たないでしょう。なお、新嘗祭では天皇陛下ご自身が稲作し収穫された米も捧げられます。


I.                  収穫への苦難

さて、収穫祭は皇室だけの行事ではありません。米国(11月の第四木曜日)やカナダ(10月の第二月曜日)でも感謝祭(Thanksgiving Day)が祝われます[4]。ヨーロッパやアジア各地でも同じです。北半球の農耕地帯ではこの季節が秋の刈入れ時なのですから、各地で収穫をお祝いするのはごく自然なことでしょう。
農作物を安定的に、しかもまとまった量を確保するためには、汗水流して農作業に従事しなければなりません。土には力がある、とは言っても、きちんと耕し、肥料をやり、雑草を抜き、天候を気にしなければ、収穫を祝うことはできないのです。重労働です。「一粒に百手の功当たる」とは善く言ったものです。米一粒が作られるまでには、百回もの手間がかかります。大型農耕器具を使う現代でも収穫への苦労は本質的に古代と変わりますまい[5]。逆にまったく手間をかけないとどうなるか……、めじろ台キリストの教会牧師館の庭で実証済みです。

 本日の交読詩編(126編)にこのような歌がありました。

涙と共に種を蒔く人は
喜びの歌と共に刈り入れる。
種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は
束ねた穂を背負い
喜びの歌をうたいながら帰ってくる。
(詩編126:5-6)

 この都上りの歌は「収穫感謝の農耕祭儀歌」と「バビロン捕囚からの解放讃歌」の二つの解釈があるのですが、いずれを取るにしても、苛酷な農耕作業が下敷きとしてあるのは間違いありません[6]。種蒔く人は、涙しながら農作業に従事する。種の袋を背負って畑へ向かう人は、泣きながら出て行く……。収穫を得るための仕事がどれだけ苛酷であったか、この短い文言は私たちに語りかけます。

 聖書で農耕作業の苛酷さが最初に登場するのは創世記三章です。最初の人アダムとエバが神の言いつけを破り、善悪の知識の木からその実を食べた時、神が彼らに言われた言葉。

神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い/取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。お前に対して/土は茨とあざみを生えいでさせる/野の草を食べようとするお前に。お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」(創世記3:17-19)

 たしかに土は呪われたものとなりました。アダムとエバがエデンの園に連れて来られた時も、神は「人がそこを耕し、守るようにされた」(創世記2:15b)と一種の労働を課していますが、今やそれは歓びではなく苦役となってしまったのです。エデンの園では畑仕事をしようがしまいが、園のすべて木は彼らの労働とは関係なく豊富な果実を実らせ、彼らは自由にそれらを取って食べることができましたが(創世記2:15b)、今や瑞々しい楽園は消え去り、目の前には茨とあざみを生え出でさせる大地が広がるのみです。彼らは額に汗して荒野を耕し、労苦して食料を得なければならなくなってしまったのです。

 呪われた土地が生み出す苦しみは直後の創世記4章にも引き継がれました。カインとアベルのエピソードに見ることができます。人間に運命づけられた土の苦役は、人類初の殺人事件をも引き起こしたのです。

さて、[エバ]は身ごもってカインを産み…その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。時を経て、カインは土の実りを主のもとに献げ物として持って来た。アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。主はカインに言われた。「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」 カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。…主は言われた。「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」(創世記4:1-12抜粋)

 物語の背後に農耕民と遊牧民の対立が見え隠れしますが、創世記そのものの文脈からはカインの何がいけなかったのかよく分かりません。「どうして怒るのか」とおっしゃった神に、「どうしてですか」と私たちは逆に訊きたくなるのです。ヘブライ人への手紙の著者は「信仰によって、アベルはカインより優れたいけにえを神に献げ、その信仰によって、正しい者であると証明されました。神が彼の献げ物を認められたからです。」(11:4a);ヨハネの手紙Iの著者は「カインのようになってはなりません。彼は悪い者に属して、兄弟を殺しました。なぜ殺したのか。自分の行いが悪く、兄弟の行いが正しかったからです。」(3:12)とカイン・アベルのエピソードを解釈しましたが、カインの何が正しくなく、カインの捧げもののどこがいけなかったのか。そもそもアベルの何をもって「信仰」(信頼)と言っているのか……。
手塚治虫さんのアニメ『旧約聖書物語[7]』では、カインは自分が収穫したものの最上品を自分のために取り置いたような脚色がされていますが、私はカインもまた収穫の初穂、しかも最上の物を神の前に携えたであろうと考えます。思い込みで言っているのではありません。このエピソードを素読するならば、そのように採るのが自然だからです。「一方『土を耕す者』となったカインは土地の収穫の初物を、他方『羊を飼う者』となったアベルは肥えた羊の初子を神の前にお捧げした」と。
それにも拘わらず、カインの捧げものを主は拒絶された。カインは苛酷な労働の末ようやく刈入れた最上の農作物を神に捧げたにも拘わらず、神はそれを拒絶された。どういうことでしょうか。謎は謎のまま残ります[8]。
ともかく、弟に殺意を抱かせるほど、農耕は苛酷な作業でした。であればこそ、人類は収穫の実りを神に感謝し、その捧げる祭が土地土地の宗教と結びついたのでしょう(或いは宗教的色彩を帯び、宗教を生み出したのでしょう)。出エジプト記(23:6[9])には神の命令としての収穫祭が出てきますが、命じられなくともイスラエルの民は主に感謝を捧げたかったはずです。涙と共に種を蒔いたのですから。


II.                  収穫への希望

 さて、今年も何事もなかったかのように季節は運行し、農地は収穫を終えました。けれども実は何もなかったのではありません。私たちは東日本大震災を経験しました。被災地では涙と共に種をまき、涙と共に実りを刈り入れたのです。収穫したものの中には放射能に汚染されてしまったものもありました。農業に従事する方々の心境はさながらカインのようでしょうか。汗水流して働いたのに、その実りは虚しかった。収穫を祝う事が出来ない。何をしたというのか!

 今一度カインとアベルの話に思いを馳せて下さい。私はこの兄弟の物語を何度も読みながら、ひとつのことに思い当りました。神はカインの農作物を受け入れられませんでしたが、アベルの飼っていた羊は、アダムの故に呪われてしまっていた大地が生え出でさせた草を食んでいたという事実です。神はそんな羊を、アダムの呪いをその中に取り入れながら肥えていった羊を、受け入れて下さったのでした。羊の初子が捧げられるということは即ち、その命が奪われ、命の血が流されると言うことです。神はその小羊が流す血を受け入れて下さったのです。
カインが何をしたのかは分かりません。分かっていることは、アベルの捧げた羊の初子はアダムの罪をその身に引き受けていたという真実です。羊は大地の呪いをひたすら食み続けました。アベル亡き後も、アベルの育てた羊たちは、主人である牧者の血を吸い込んだ土地が生え出でさせる草をひたすら食みながら、牧者を殺したカインの罪をもその身に負い続けたのです。

 羊は聖書では象徴的な動物です。常に誰かの、或いは何かの身代わりとして屠られるのです。食用や羊毛生産といった機能もありましたが、「生贄」(犠牲)以外の役割はほとんどありません。幾つか聖書個所を挙げましょう。小羊に込められたイメージが鮮明になります。

アブラハムがイサクを捧げる時の話:
アブラハムは答えた。「わたしの子[イサク]よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる。」二人は一緒に歩いて行った。(創世記22:8)

「過ぎ越し」に関するエピソード: 
その血を取って、小羊を食べる家の入り口の二本の柱と鴨居に塗る。(出エジプト記12:7)

小羊即苦難の僕のイメージ:
苦役を課せられて、かがみ込み/彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように/毛を切る者の前に物を言わない羊のように/彼は口を開かなかった。(イザヤ書53:7)

このシンボリズムの中で私たちの主イエスもお生まれになりました。新約聖書では小羊のイメージがイエスに重ねられます。

バプテスマのヨハネの言葉:
その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。」(ヨハネによる福音書1:29)

最上の羊の犠牲とキリストのイメージを重複させたペトロの言葉:
知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。(ペトロの手紙I 1:18-19)

ヘンデルのオラトリオ『メサイヤ』の第三部最後の合唱[9]“Worthy is the Lamb that was slain” の元の聖句。生贄のイメージが色濃い:
天使たちは大声でこう言った。「屠られた小羊は、/力、富、知恵、威力、/誉れ、栄光、そして賛美を/受けるにふさわしい方です。」(黙示録5:12)

小羊即牧者のイメージ:
玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、/命の水の泉へ導き、/神が彼らの目から涙をことごとく/ぬぐわれるからである。」(黙示録7:17)

 神の小羊は、主イエスは、アダムの呪いも、カインの罪も、アベルの血も、私たちの罪も破れも、すべてをその身に受けて下さいました。今や大地が生み出すものはすべて清いのです。海の魚も空の鳥も皆清いのです。聖霊によって生まれ変わったエルサレムの最初期のキリスト者集団(初代教会)は一つ心となり、大声で主に叫びました。「主よ、あなたは天と地と海と、そして、そこにあるすべてのものを造られた方です」(使徒言行録4:24b)。
頑固なペトロもアーメンと同意するでしょう。彼は地中海に面した町、ヤッファでこのような経験をしました。

ペトロは祈るため屋上に上がった。…彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。人々が食事の準備をしているうちに、ペトロは我を忘れたようになり、天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、地上に下りて来るのを見た。その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていた。そして、「ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい」と言う声がした。しかし、ペトロは言った。「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません。」すると、また声が聞こえてきた。「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」(使徒言行録10:9-15抜粋)

 神は主イエスを遣わし、世界のすべてを飲み込み、清めて下さいました。神は小羊イエスの血で、私たちを、大地を、そこから生み出される作物を、空を飛ぶ鳥を、水の中の魚をすべて贖い、すべてを清めてしまったのです。それだけではありません。復活の命で、呻く被造物を神の御元にたずさえ上げて下さったのです。復活の命で世界を満たしてしまったのです。 
  パウロもアーメンと同意してくれるでしょう。彼は言います。

被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。被造物だけでなく、“霊”の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます。わたしたちは、このような希望によって救われているのです。(ローマの信徒への手紙8:22-24a)


収穫宣言

 私たちの信ずる唯一の神、全能の父、天地とすべての見えるものと見えないものの造り主は、世々の先に父から生まれた独り子イエス・キリストによって[10]私たちに宣言して下さいます。

お前たちの収穫感謝は決して虚しくない!

私たちも被災地への祈りを込めて宣言しようではありませんか。神は御子イエスによってすべてを清めて下さった!

 礼拝の後共に頂く共同の食事を主にお捧げ致しましょう。神は私たちの喜びを増し加え、悲しみを拭い去って下さいます。そして私たちを益々ひとつの体として下さいます。[13]


[1] 詩編126:5の文語訳。
[2] 「勤労感謝の日」は戦後国民の祝日が定められた際、「勤労を尊び、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう」(「国民の祝日に関する法律」[1948年])という趣旨で定められた。意味合いとしては、米国の“Labor Day”(9月の第一月曜)の模写であろうが、11月23日という日付を鑑みれば、新嘗祭を意識して定められたのは明らかである。事実、成人の日、体育の日、海の日、敬老の日はハッピーマンデーとして月曜日に移動されたが、勤労感謝の日が移動することはない(成人の日・体育の日は「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律」[平成10年法律第141号]によって、海の日、敬老の日は「国民の祝日に関する法律及び老人福祉法の一部を改正する法律」[平成13年法律第59号]によって月曜日に移動)。11月23日(本来は11月下卯の夜)という日が暦の上で如何に大事な日であるか、決して移動される事のない事実がそれを物語っているであろう。
[3] もちろん、これは希望的観測である。ひとたび経済封鎖を食らえば、食料自給率が40パーセントを切っている我が国はひとたまりもない。我が国は食料品のみならず、農耕、流通に必要な燃料をも国外からの輸入に頼っているのである。
[4] 私が北米の「感謝祭」に言及する時、北米先住民族の苦難に満ちた悲しみの歴史を常に念頭においています。米国、カナダの「感謝祭」の伝統と市井のヨーロッパ系移民への尊重敬愛はそれとして、北米先住民の被った歴史を無視しては感謝祭を語れないのです。彼らにとっては「感謝」(thanksgiving)な日であるわけがない。事実、ワンパノアグ族を中心に、ニューイングランドの先住民部族が結成する「ニューイングランド・アメリカインディアン連合」(United American Indians of New England)は、米国の「感謝祭」と同じ日に、「全米哀悼の日」(National Day of Mourning)としてデモ抗議を毎年行い、喪服をまとい、虐殺された先祖たちに祈りを捧げています(※今日北米先住民族は自らを 「インディアン」でも「先住民(Natives)」でもなく、“The First Nations” と呼んでいる)。
[5] 穀物農業を営む米国の私の義父も、その掌に農業の苦労を刻み付けています。
[6] どちらの解釈を採るかは1節をどう読むかにかかっている。「主がシオンの捕われ人を連れ帰られる[回復する]」は「運命を変える」(関根正雄訳)や“restored the fortunes”(NRSV)とも訳せるが、もし新共同訳(その他フランシスコ会訳、NIV)のように解釈すると「バビロン捕囚からの解放」を意味し、関根訳やNRSVのように解釈すると「季節の転換」となる。5節、6節の文言を考慮すれば季節の転換を喜ぶ農耕祭詩歌とも採れなくはない。なお、口語訳、新改訳第三版は、どちらとも採れる「繁栄を回復する」「繁栄を元とおりにする」と訳している。詳しくは、フランシスコ会訳聖書詩編126注、榊原康夫「詩編」in『新聖書註解:旧約3』(いのちのことば社:1975)357参照。
[7] DVD第一巻(東芝デジタルフロンティア:1997)。
[8] 恐らく答えは出まい。ウォルター・ブルッグマンはカインとアベルの物語の中に道徳的側面を持ち込むこと(即ち「解釈」行為)のナンセンスを指摘して、嫌味と共にその過ちを厳しく指摘する。「ヤハウェがなぜ、田を耕す者よりも牛を追う者の方を好まれたのか、ここにはその理由は何も示されてはいない。カインを受け入れられる資格なしとする理由は、ここには何も示されてはいない。カルヴァンと彼以後の人々はカインを中傷し、彼が拒絶された理由を示して、この物語の中に道徳的側面を持ち込んでいる。カルヴァンがそうしているのであれば、彼はテキストが知っている以上のことを知っているのであろう。」(ウォルター・ブルッグマン『現代聖書注解:創世記』(向井考史訳、日本基督教団出版局:1991[第三版])109(原著:Brueggemann, Walter. Interpretation A Bible Commentary for Teaching and Preaching: Genesis [Atlanta: John Knox Press], 1982)。
なお、このエピソードをイスラエル宗教のレンズを通して論じるユダヤ教神学者、サルナのコメントも紹介しておこう。彼は、なぜトーラーが斯様な簡潔且つ不明瞭な資料(独立資料)を採用したのかは不明としながらも、アベルの捧げものには「羊の群れの中から選りすぐりのもの」と枕詞が付され、カインの捧げものにはそれを評価するような言葉はまったく付されていなく単に「土地の作物」と描写されていることから、両者の捧げものには明らかに優劣が付けられている、と言い、その差異を、アベルは捧げものに「心と思い」を込めたがカインはそれを込めなかった、と主張する。カインの奉納行為と目的自体は尊いが、カインは「妬みと閉ざされた心」を持って捧げものを捧げた、というのである。その根拠として、後代に発展したユダヤ教礼拝を挙げながら更に論を進める。「この物語は、礼拝行為は心からの真正な献身によって行われなければならない、と言うユダヤ教の基本原則を伝達する。また、この物語は神礼拝の二つの相――儀礼的行為(cultic act)と言葉の要素(verbal element)――がもともとは分離していたことを我々に教える。更に、創世記4:26には、「祈り」が後代に「独立した捧げもの」として発展したことが描かれている。「祈り」[の独立]は古代の宗教思考に革命的発展を引き起こした。それまでは、行為と言葉の両要素は密接不可分に相関しており、どちらか一方が欠けても機能しなかった。なぜなら宗教行為は本質的に魔術的(magical)であり、言葉と行いの両方の効力を要求するからである。[しかし]両者を切り離すことによってイスラエルの宗教は、例外的で非魔術的な「祈りの性質」を強調した。同じ原理で、レビ記の中で命じられている正統な祭司が捧げる燔祭には祈りは伴わない。[イスラエル宗教の]伝統が首尾一貫して、犠牲の規定をモーセに、詩編暗唱の導入をダビデに帰する[所以はここにある]。」(Nahum M. Sarna, The JPS Torah Commentary: Genesis (New York: The Jewish Publication Society, 1989), 31-33)※注解中のカギ括弧は適宜吉良の判断によって補った。
古代から現代まで、カインとアベルが捧げた「捧げものの優劣」という眼差しで、無数の論者が数々の論を展開しているが、どれも的を射ない。作物が生み出されるための人間による土地への「強制」(不自然行為。それに対して牧羊はそれ自体によって自然に増えていく土地に強制を強いない自然な行為)を指摘したり(ヨセフス『ユダヤ古代史』1.54)、血を流す捧げものの高貴さを強調したり、アダムとエバの罪によって呪われた土地が産出する農作物の穢れを論ったり、いろいろである。今一度ブルッグマンのコメントを思い起こしたい。
[9] あなたは、畑に蒔いて得た産物の初物を刈り入れる刈り入れの祭りを行い、年の終わりには、畑の産物を取り入れる時に、取り入れの祭りを行わねばならない。
[10] オラトリオの最後に歌われる「アーメン合唱」が最終曲目と思われがちだが、これは “Worthy is the Lamb that was slain” の一パート。
[11] ブルッグマンはパウロのローマの信徒への手紙の福音宣言と創世記二章と三章の関係に対して目の覚めるような考察を展開している。たとえば、「創世記二から三章に関するパウロの議論は、パウロにとってどの部分についても決定的であるというわけではない。彼は他にも語るべき多くの事柄を持っている。多くの教理が、これらの章についてのパウロの解釈を、パウロ自身がしているよりもずっと支配的なものにしている。…パウロの議論の関心は、悪や罪あるいは死の起源にあるのではなく、良き知らせの宣言にある。パウロの著作の中では、創世記二から三章は問題提起のために用いられているのではなくて、福音の宣言のために用いられている。このゆえに、一般的に受け止められているパウロ的見地に立つとしても、このテキストは、世界がいかなるものであるのかについての論理的叙述をしているものとして取り組まれるべきではなく、福音を確信しているものとして取り組まれる必要がある。」(ブルッグマン『同掲書』87)。
ブルッグマンは更に続ける。「このテキストは、罪、死、堕罪といった事柄についての思索的な、あるいは抽象的な問いに興味を持ってはいない。たとえば、罪と死の起源、「堕罪」の意味といった、世界に関するお決まりの抽象的な問いは、おそらく見当違いの、現実逃避の問いである。こう言った問いは、聖書の証言が関与しているものではないし、真の信仰にとって益のないものである。このテキストの実際の論点は、論理上の起源を追求することによって当惑させられるべきではない。聖書は、我々が問う可能性のある奇妙な質問のすべてに答える回答書ではない。非常に多くのこの種の問いについては、我々は聖書と共に、『我々は知らない』と答える準備をしておくべきかもしれない。我々が知る必要のない事柄や、未だ知らされていない事柄は数多くある。むしろ我々は、福音において我々に委託されているものに焦点を合わせるべきであろう」(同88)。詳しくは、同書82-105参照。
[12] ここまではニケヤ信条の冒頭をアレンジ。
[13] この日の主日公同礼拝は「収穫感謝礼拝」で、礼拝の後、恒例の「持ち寄り食事会」を開催した。教会によっては毎日曜日に昼食を供するところもあるが、その習慣を持ち合わせないめじろ台キリストの教会では、とりわけ大切な共有の食事会(愛餐会)である。