:27 イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。:28 弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」 :29 そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」 :30 するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。
イントロ
高校生の時グアムの米国人宅に泊めて頂いた折り、このような会話のやり取りがありました。当時からマイケル・ジャクソンさんを尊敬していた私は、彼のコンサートに行ったことを話しながら、“I know Michael Jackson” と言ったのです。するとホストファミリーは驚いて「マイケル・ジャクソンと知り合いなのか?」と一言。それに私が満面の笑みで “Yes” なんて答えたものですから、その後の会話が如何に頓珍漢になったかは、英語の微妙なニュアンスを理解される方には想像がつくでしょう。その時私はこう言うべきだったのです。“I know about Michael Jackson.” お分かりでしょうか。前者ですと「私はマイケル・ジャクソンを個人的に知っている、彼をよく知っている」となり、後者ですと「私はマイケル・ジャクソンについて知識がある、彼について知っている」となります。“about” という前置詞ひとつでニュアンスはこうも変わるのか、と学ばされた出来事でした。
さて、今朝私たちに開かれている福音書はまさに、このabout(〜について)を巡って展開します。フィリポ・カイサイリアの田舎町で、主イエスは弟子たちに “Do you know me” と問いかけ、弟子たちは頭をひねりながら、“We don’t know if we know you exactly, but we know about you” と返答する。短いやり取りですが、マルコ福音書前半の締めくくり、また後半の開始と位置付けられる大変重要な個所です。
I. フィリポ・カイサリアという舞台設定
:27 イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。
話は前回のガラリヤ湖北東岸の町ベトサイダより40キロほど北上したところにあるフィリポ・カイサイリア地方で展開します。ガリラヤ湖付近で活動していたイエスは、弟子たちを伴ってこの奥まった地方の村々を巡回されたのでしょう。
フィリポ・カイサリアはヘルモン山麗、ヨルダン川の水源の近くに位置します。ガリラヤ湖よりもより小さいフレ湖の近くです。今風にいえばゴラン高原一帯[1]。その地理的特徴からでしょうか、フィリポ・カイサリアにはヘレニズム時代から多産の神、牧神パン信仰が盛んで、パンの聖所(パニアス神殿)がありました[2]。この町は元来ギリシア語でパニアスと呼ばれていましたが、新約聖書時代のフィリポ・カイサリア時代を経て、後にバニアスとアラビア語化し、今日に至っています。
イエス誕生の前の紀元前20年、ローマの傀儡ヘロデ大王が初代ローマ皇帝アウグストゥスからこの町を与えられた時、記念に皇帝の像を安置した大理石の神殿を建て、礼拝の対象をパンからローマ皇帝に変更しました(ヨセフス『ユダヤ古代史』18:28)。次いで、ヘロデ大王の子、ヘロデ・フィリポが領主になりますと、町を拡張美化し、時のローマ皇帝ティベリウスに敬意を表して、その名をカイザリヤと改めます(カエサルは「皇帝の称号」)。フィリポはちゃっかり自分の名前も付けていますが、地中海沿岸のカイサリアから区別するためでしょう[3]。
このようなパン礼拝や皇帝崇拝が行われている場所で、主は弟子たちをじっと見つめ、「あなたたちは私を誰だと言うのか」と尋ねられたのでした。君たちは私の中に何を見るのか、と。弟子たちは内心たじろいだでしょう。イエスはこれまで神の国について、その構成要員について、律法の諸規定と存在意義について語ってきましたが、ご自身を語ることはありませんでした。けれども、ここで初めて弟子たちの注意を、主ご自身の存在に向けられます。神の恵みとユダヤの宗教的メタファからの解放を目撃してきた弟子たちに、その行為や出来事ではなく、それを開示、遂行した行為者に注意を向けさけさせるのです。
II. 他人の言葉でイエスについて論ずる
:28 弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」 :29 そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」
すると、弟子たちはいくつかの噂話を報告します。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」 民衆がイエスについてどうささやき合っているか、の報告です。けれども、彼らは単純に噂話を報告しているだけなでしょうか。イエスの弟子たちには下衆の勘繰りと叱られるかもしれませんが、或いは彼らは、他人の言葉を借りて自分たちの理解や思いも控えめに披歴したのはないか、と思うのです。「バプテスマのヨハネは例外だけれど、もしかしたらメシアの先駆エリヤの再来? でなければ、400年間不在だった預言者?」 私たち福音書の読者には自明ですが、毎日イエスと衣食を共にしていた弟子たちには意表を突くショッキングな質問ではなかったか。
実は、イエスの問いには強い語気が込められています。手持ちの日本語訳聖書では、田川建三さんの個人訳[4]以外はすべて、新共同訳同様「あなたがたは」と訳していますが――あなたがたはわたしを何者だと言うのか(新共同訳)――できれば傍点を付したいくらいの強さがあるのです。ギリシア語では通常、人称は動詞の格変化で表現しますが、ここでは人称を強調する人称代名詞が使われており、しかも語順が自由なギリシア語にあってその代名詞は文頭に置かれています。「イミ―ス(あなた方は) デ ティナ メ レゲテ イーネ?」 「他の人たちはいろいろなことを言っているが、他ならぬ君たちは私のことを何者だと言うのか。人の言葉ではなく自分の言葉で答えてみよ。」 英語訳聖書の The Message などはそのニュアンスを工夫して翻出しています[5]。“And you?what are you saying about me? Who am I?”[6] 主の眼差しが弟子たちを捉え、グッと迫ります……。
どれくらいの時間を要したでしょうか。一分か、それとも一瞬か。ペトロが弟子集団を代表する形でその問いに答えます。「あなたは、メシアです」(スィー イー オ フリストス)。ペトロもまた、強調の人称代名詞でもって「あなたこそメシア、キリストです」と応答しました[7]。
「キリスト」は言うまでもありません。ヘブライ語「メシア」(マーシアハ)の訳語、「救い主」の意味です。どのような救い主か。それはヘブライ語の「メシア」(英語訛りは Messiah)、ギリシア語の「フリストス(キリスト)」(英語なまりは Christ)の語源を見れば良く分かります。メシアはヘブライ語の「(油を)塗られた者」の意味、「キリスト」(フリストス)は「油を注ぐ」という動詞フリオーの受動的名詞形(「-ストス」は元来受動的)、つまり「油注がれた者」という意味。もうお分かりでしょう。ペトロは、「イエスは神から油注がれた『主』であり『王』である」と告白したのです。香油を混ぜ込んだオリーブ油注ぎの儀礼はイスラエルの王の任命式や祭司、預言者の聖別で行われました。その職を遂行するために上から特別な力を賦与される神からの叙任です(出エジプト29:7、サムエル記上10:1、16:13、列王記上19:16、詩編105:15、イザ61:1参照)。
サムエルは油の壺を取り、サウルの頭に油を注ぎ、彼に口づけして、言った。「主があなたに油を注ぎ、御自分の嗣業の民の指導者とされたのです。」(サムエル記上10:1)
ユダの人々はそこに来て、ダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。(サムエル記下2:4a)
結びに代えて ――自分の言葉でイエスを語る――
本日の個所は、文脈に即すならば、ペトロの信仰告白という美談で区切らず、イエスのペトロ叱責までをひとくくりにして読むべきかもしれません。神に従う義人が苦しみを受けると言うことは自明であっても(イザヤ53章)、マルコの書き方では、ペトロのメシア告白は結局、一般のユダヤ人が思い描いていた民族的解放者、力強い王の範疇に過ぎなかった、とその無理解を前面に押し出すからです。ペトロの「メシア告白」と真っ向から対立する応答として、主はメシアが受けるべき苦難を弟子たちにはっきりと告げられたのですが、ペトロはその上でなお「そんなはずはありません。メシアが敗北するわけはないのです」と主イエスをいさめる始末です。
:31 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。:32 しかも、そのことをはっきりとお話しになった。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。
マタイ福音書では、ペトロの信仰告白を受けて主は祝福の言葉を述べていますが(マタイ16:16-17)、マルコ福音書の文脈にはそのような情状酌量の余地はありません。ペトロのメシア告白のすぐ後のイエスの禁止命令、「自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた」(:30)も、この文脈で読むべきなのでしょう。「お前たちの無理解の私(イエス像)を吹聴するな」と。「戒める」(エピティモー)は「叱りつける」と訳しても良いくらいきつい言葉です。つまり、積極的秘密保持ではなく、無理解故の消極的秘密保持の厳命です。
それでもなお、今朝は文脈をはみ出して、ペトロの勘違いの告白から学びたく思いました。なぜなら、ペトロの勘違いは勘違いのまま終わることなく、自らの言葉でイエスを語ると言うトレーニング(表現言語「言」のレベル)が、主の復活後に、彼をイエスと言う経験(宗教言語「コト」のレベル)へと導いたからです。ペトロは聖霊降臨後、その経験を信仰告白として民衆に語りました。あのペトロが力強く、確信を持って主の世界を大胆に語ったのです。その福音宣言が多くの人々の心を揺り動かし、悔い改め、救いへと導きました。少し長い説教ですが、彼が経験したイエスの世界に聴いてみましょう。
すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。…ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。ダビデは、イエスについてこう言っています。『わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主がわたしの右におられるので、/わたしは決して動揺しない。だから、わたしの心は楽しみ、/舌は喜びたたえる。体も希望のうちに生きるであろう。あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、/あなたの聖なる者を/朽ち果てるままにしておかれない。あなたは、命に至る道をわたしに示し、/御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。』 兄弟たち、先祖ダビデについては、彼は死んで葬られ、その墓は今でもわたしたちのところにあると、はっきり言えます。ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました。そして、キリストの復活について前もって知り、/『彼は陰府に捨てておかれず、/その体は朽ち果てることがない』/と語りました。神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。…だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」 人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によってバプテスマを受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているhttp://homepage2.nifty.com/hashim/israel/israel019.htmものなのです。」 ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。
(使徒言行録2:14-41[抜粋])
私たちもしばしば的を外した「信仰告白」ならぬ「信考独白」をしがちでしょう。私たちが信仰の歩みを振り返る時、いつになっても苦笑いするのはそのためです。けれども、主はこの瞬間もなお、的を外してもよいから、自らの言葉でイエスを語るようにと、自らにイエスの何たるかを問い続けるようにと、私たちを励まして下さいます。なぜなら、真剣な独白のトレーニングは、必ずや私たちを信仰の真理に導く、と主は確信しておられるからです。忍耐をもって弟子たちを育てた主イエスを見れば、それは明白です。
独白業は必ずや行き詰まり、言葉の叙述(言)からイエスと言う経験(コト)へと私たちを誘います。その時、私たちは自分で神を規定することをやめ、神の懐に身を委ねることを学ぶでしょう。その時、私たちは初めて、見ることの何たるか、識ることの何たるかを学びだすのです。主が「見えるか」と弟子たちに何度も何度も問われたその世界は、まさにこのような世界に他なりませんでした。
聖霊が与えられている今、私たちは益々主に信頼、期待し、I know youという信仰の世界への開眼を祈り求めようではありませんか。
「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。」(フィリピの信徒への手紙1:6)。
[1] イスラエルの最北部に位置しるゴラン高原は、1967年の第三次中東戦争でイスラエルがシリアから奪った場所である。
[2] 現在のゴラン高原のパニアスの写真はこちらで。
興味深い写真満載です。
[3] 後に、ヘロデ・アグリッパ2世が皇帝ネロに敬意を表してこの町をネロニアスと改名したが、ネロの死後再びパニアスに戻った。紀元70年のエルサレム陥落後、皇帝ティトゥスはここでユダヤ人捕虜を猛獣に与え、見世物とした。後代、十字軍がここを要塞として用いたこともある。
[4] 日本語聖書では田川建三訳が「あなた方自身」の「自身」に、そのニュアンスを表現している。
[5] 英語訳聖書でも大方は “But who do you say that I am?”(NRSV)のように訳している。
[6] Peterson, Eugene H.: The Message: The Bible in Contemporary Language. Colorado Springs: NavPress, 2003. ピーターソンの訳し方は田川の主張と呼応しているように見受けられる。多くの解釈者が見落とす点として、田川は29節のイエスの問いは、弟子の意見を訊いているわけではなく、彼らがイエスのことを人々にどのように言っているかを尋ねているだけである、という。つまり、イエスの弟子たちへの拒絶反応(田川建三『新約聖書1 訳と注』、289)。ただし、本講解説教では、田川が言う大方の解釈者が見落とす読み方と同じ解釈を試みた。
[7] 新共同訳聖書ではなぜか「キリスト」を「メシア」と訳している。 |